エーデルワイスのサキちゃんは朝の花

エーデルワイスはオーストリアを代表する花

映画「サウンド・オブ・ミュージック」で歌われたエーデルワイスを習ったのは中学生の頃、音楽の先生がすばらしい歌だと紹介して英語歌詞で教えていただいた。ピアノの弾きながら透き通るような声で歌ってくれた。

一昨年2019年の年末に腰部脊椎管狭窄症を含む合併症で緊急入院し、手術のためにICUで病状を抑えながら手術、気づけば整形外科病棟にいた。ベッドから体も起こせないほどの痛みは続き、病棟看護師さんの懸命な看護を受けていました。
尿道カテーテルは着けているものの垂れ流し状態で看護されるのは初めて、傷みの中でも恥ずかしい中で心開かせてくれたのは主に担当してくれた新人看護師さんたちでした。
後に知りますが浜松都心に近い高層型の病棟では一年目の新人さんは胸にクローバーのバッチを着けているその中に朝の明るい挨拶がとても印象的な看護師さんサキちゃんがいました。
入院後すぐに手術は終えていたものの、さまざまな合併症のために寝たきりは1か月余り続き後にはリハビリを行っての三カ月半もの入院となりました。

私たち4人病室は80代が2人と私(当時62)ともう一人は短期入院者、コロナ発生の頃ではありましたがまだデイルームなどにも見舞いが訪れ、私たちもマスクを着けるなどはなく過ごしていた。4人はとても仲良くなり、朝や食事の際などはお互いのベッドを仕切るカーテンを開けるなどして4人が顔を見ながら食事を摂ることもありました。そこに笑顔のサキちゃんが「おはようございます」「お食事をお持ちしましたよ」とやってきます。

既にリハビリ中心の療養となっていた私はときどき歌を歌っていた。春に向かう明るい病室の中で歌っていたのは先生に教えていただいたエーデルワイスでした。
その歌を聞きつけてサキちゃんは「私もその歌習いました」と小さな声で唱和してくれた。
たちまち調子づいた私は大きな声でその歌を歌い、皆は笑う朝を過ごしました。

三カ月半を経て杖つきを条件で退院することになった日、師長さんのご配慮でしょうか、それとも志願していただいたのでしょうか、担当看護師として退院への手続きや片付けを手伝ってくれたのもサキちゃんでした。
話せば新人としてがんばった1年を経て4月には後輩が入ってくると喜んでいました。先輩となるのです。

あれからもう1年経ち、彼女は3年目の看護師さんとして活躍しているでしょう。
外来で通う病院ではありますがコロナ禍の中、多くのお世話になった看護師さんがいる病棟に会いに行くこともできず再開を果たせないままとなっています。

それでもエーデルワイスのサキちゃん、書ききれないほどたくさんのエピソードをそれぞれに持つ看護師さんに今も感謝しています。
初めての入院経験をみなさんと共に過ごして医療のすばらしさに気づき、今も感謝して書き続けている気づきははこの時にはじまりました。
サキちゃん、元気になりました。みなさんのおかげで元気になれました。またいつかすれ違って挨拶したいと思います。ありがとう。

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