野の花の強さを挿して

摘んだアザミを挿して飾る

生まれて初めての昨年2019年末から2020年の春まで3ヵ月に及ぶ入院とリハビリ、夏の一か月の抗がん剤投与に伴う入院、そして夏の終わりの二週間、そして秋には三度目の入院・手術で病棟で過ごせば知らなかったことに気づくくことがたくさんありました。

現在は萎えてしまった脚の自主リハビリ、整形外科にかかりながらの手指の鷲手と痺れを克服するように運動しています。今朝は一昨日摘んだアザミを挿したお話です。

母の花はアザミ

母の実家は浜松市の郊外三島町、かつては一面の農地で私の小さい頃もおばあちゃんの家は農地の中にあり、遠くからスイカを抱えて戻るおばあちゃんを臨むことが出来たほど、今や家が立ち並んで昔を偲ぶこともできないほどだ。母より歳が離れた弟のこと叔父が家を継いだから安泰だと喜んでいる。
母はそこから市立高校まで進学した時は全て歩いて通ったという、浜松の高台の上までどのくらい歩いたのだろうか、その道々の川の土手に咲いていた懐かしいアザミの話をよくしている。
そこで母の花はアザミとなった。五月に天竜川の土手に咲くものを摘んでいます。

二輪のアザミからアザミの束へ

現在89歳の母は家の外には出られるほど歩けず車椅子も嫌うことから家の中で過ごしている。テレビやたまの来客くらいしか変化がないからこうして野の花も慰めとなる。
ましてや大好きなアザミなら毎日眺めては懐かしい話をするきっかけとなる。
そこで今年2度目は写真のようにたくさん摘んで挿しています。
野の花は強く美しく絵心あれば油絵にも描いてみたいほど立派なものになった。

アザミはトゲの草

もしアザミを摘むならばハサミなど切るものがいる。手で手折ろうとすればその鋭い先を持つ葉が痛くまた折りにくい、毎年このために何かを車に置いておけばと思いつつ今年も手指を痛めた。
それで二度目は確かに剪定ハサミを持って出かけ、数を摘むことができました。
今回こそアザミの花瓶を置けることになった我が屋のテーブル、母はテレビに突かれるとアザミを見てはつつき、ああトゲが痛いといっては喜んでいます。

アザミの五月、来年も迎えようねと母はいい、来年もずっとだよと息子は言うのです。

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