救急車のサイレンが病棟に近づく

夜中にサイレンが近づいてくる

生まれて初めての昨年2019年末から2020年の春まで3ヵ月に及ぶ入院と静養、夏の一か月の抗がん剤投与に伴う入院、そして夏の終わりの二週間、そして秋には三度目の入院して病棟で過ごせば知らなかったことに気づくくことがたくさんありました。

お医者さん、看護師のみなさん、ヘルパーさんやさまざまなスタッフへのみなさんの献身的な仕事ぶりに感謝しながら病棟暮らしで起きたことをまとめています。 今朝は病棟あるあるの中から夜間に近づいてくる救急車のサイレンのお話です。

救急車のサイレンが近づいてくる

昼間は検査や治療などで賑やかな病棟も夜には寝静まり静かになる。昼間にも聞こえていたはずのサイレンが聞こえてくるようになります。遠くから迫る救急車が病棟の救急受付に到着する音が聞こえるのです。
思えば一昨年の12月最初の入院は救急車での緊急入院で急性期の病院に運ばれた。その時もこんなだったんだろうと考えるのです。

救急車を呼べば

救急車を頼んだからね、家族に言われて準備をして救急隊を待つ、動けないほどの高熱の中(感染症などの合併症であったため)救急車の接近を聞き、駆け付けた救急隊に担架で運ばれてストレッチャーに移りそのまま救急車に乗る、そこから受け入れ病院を探してくれた。
当時はコロナ禍の前で受け入れ可能病院を二病院あげてくれて病院を選んでいます。そして病院へと運ばれました。救急に入りその後ICUへと運ばれています。傷みと熱にうなされながら天井と医師・看護師さんが見えていたことだけを覚えています。

緊急からICU、一般病棟へ

後で聞けば入院してICUに入り高熱を下げながら爆発的に揚った血糖値を下げる治療をして手術に臨んだ、その間に本来医師と患者の間にあったはずの手術の同意や説明を受けた覚えがない、後でみればどの書類にも家族の名が書かれている。それほどの傷みの中で手術を受け、ICUに近い病室へと移り、やがて一般病棟に移った。
この間に会った看護師さんにだいぶん回復した後に再会して「私のこと覚えていますか?元気になりましたね よかった」と喜んでいただいた。覚えていないほどの傷みの中でうめいていたことがわかり、看護師さんにしても治らないのではないかと思われていたことがわかりました。

きっと治る 安心ができる病棟へようこそ

自分の意思もはっきりしないほどの重症でも医師をはじめ病棟チームのみなさんの連携で回復させていただける。後に見つかった肺がんでは発見病院から手術が上手な医師のいる他の病院へと転院して受けています。
入院病院だけでなく他の病院とも連係して治していただいたのです。

もちろん入院患者の病状や怪我はさまざまですがサイレンが近づくを聞けば私は安心できる病院・病棟へようこそと経験を持って迎えることができるのです。
そしてきっと治ります。この病院の患者仲間としてようこそと思っているのです。
そして一緒に治そうねと健康への道を歩く仲間を迎えるのです。



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