食事介助から介助なしになったOさん

介助対象対象が多ければ

生まれて初めての昨年2019年末から2020年の春まで3ヵ月に及ぶ入院と静養、夏の一か月の抗がん剤投与に伴う入院、そして夏の終わりの二週間、そして秋には三度目の入院して病棟で過ごせば知らなかったことに気づくくことがたくさんありました。

お医者さん、看護師のみなさん、ヘルパーさんやさまざまなスタッフへのみなさんの献身的な仕事ぶりに感謝しながら病棟暮らしで起きたことをまとめています。 今日は最初の入院で2か月もの間ご一緒したOさんの食事介助のお話です。

食事介助は全員受けられるわけではない

病棟の入院患者の構成や病状は常に変わっていて看護師さんやヘルパーさんが手分けして行う食事介助は食事時間内に回れる数は限られています。歯が悪く入れ歯を入れていないOさん(当時84歳)の食事は全粥(ぜんかゆ)食で軟かかなもの、自分でも食事できますが時間がかかることから時々介助を受けています。
ある日食事介助に来てくれたのは孫ほどの若いヘルパーさん、こぼれて汚れないようエプロンを着けてもらい二人でお話しながら食事を楽しむ様子は見守っている同室にも楽しいものでした。

食事の準備をして待つOさん

食事時間前にOさんはベッドから介助されて車椅子に乗り移って食事をします。乗り移ればエプロンを着け、食事が終われば病室内の共同洗面で歯磨きをします。当初車椅子に慣れず座ったままで介助を待っていましたが、自ら努力してエプロンを着け、車椅子を努力して学んでどちらもできるようになりました。
看護師さんやヘルパーさんはそんな努力を怠らないOさんに驚きながら歓迎します。
「あら、エプロン自分で着けられたの?(Oさんは車椅子でも届く位置にエプロンをしまう工夫をしたから)」、「歯磨きができるようになったの?」と自分の努力で回復してきたことを喜びます。
隣のベッドで見守る私の喜びでもありました。

とろみ剤を届くところに置いてくれないか

毎朝挨拶することから始まったOさんとの同室仲間関係、介助なしを自らの努力で進めるOさんから依頼がありました。Oさんは誤嚥(食事や飲み物などが間違って気管に入るなど)を起こさないよう「とろみ剤」を使っています。普段はベッド備え付けのシェルフの中にしまわれており手が届かないのです。
それを手元に置いてほしいというものでした。パッケージごとでは多すぎることから数本を食事用のテーブルの角に置いたコップ(箸やスプーン・フォークなどを立てていた)の中に入れておくことにしたのです。
車椅子への乗り移りは看護師さんのみができる仕事ですが、その他は食前・食事中・食後の作業ができるようになったOさんはその後、不可能だと思われていたリハビリをはじめ、なんと立って歩く挑戦を始めたのです。

介助されたままなら楽だった境遇から私たちと同じほどの生活を取り戻したのです。
最も手がかかった患者から介護付きの老人施設に移ることが決まったのはOさん自らの努力からでした。



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