転ばぬように生きてくはずが、

同級生たちが勤め上げ定年になる者も現れてもフリーランスには定年なし、年金なんて考えたこともないのさ、なんて言っていると昨年2011年年末に突然足がもつれて倒れ高熱が続き、病院はキライだ!なんて強気も日に日に弱まりついには救急車に乗って緊急入院になった。「どこから手をつけてよいかわからないな、とりあえずICUで熱を下げてからだ」という話声が聞こえたような。

高熱と傷みでうめくばかり、ベッドから起きられず下の世話までお任せになる重病人は重度の感染症、合併症のためにまずは整形外科病棟に移される。重度の脊柱管狭窄症(せきついかんきょうさくしょう)のほか肺にも影があるという。気づけば正月が過ぎ2020年、しばらくすると病棟に家族が来なくなった。世間ではコロナ禍がはじまってきたのです。

調べれば昭和41年のフジテレビというから小学2年生の頃、渥美清さんと中村玉緒さんが若い夫婦役の「おもろい夫婦」というドラマがありました。なぜかその主題歌を今でも覚えています。

「笑われないように生きてくはずが、笑ってもらおうと苦労する」
と歌い出すのですが、今を表わせばこうなります。

「転ばぬように生きてくはずが、杖を突きつき生きてゆく」

ライターとしてお客様のゴーストとしても多くの記事を書いてきましたがほぼ10カ月の入院では全てのライティング仕事をやめ、自らのブログも更新を停めた。
ほぼ毎日2万記事、550万アクセスのブログに戻ってみれば、アクセスは減ったもののご存知のように発信後もキーワードなどが活かされ読まれ続けられるブログのこと、活きて待っていてくれました。

さてどんな運営をしているのか、どう書いているのか更新を続けることの意味とその力について今さらながらに確信しています。

リハビリ中は取材も自粛ながらこの時間をみなさんと共有して過ごしていきたい。ここでは転んだことで知ったこと、コロナ禍の中でも転ばずに元気でいたブログのこと、カメラマンとしての視点も含めて紹介してまいります。

新たにはじめるこのブログ、一転びでありますからその名もichikoro.net(イチコロネット)、もとより運営のイチロー的こころを改メ、イチコロ.netといたします。

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